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なんとなく続けてきたブログでしたが、開設1年を迎えることが出来ました。

一区切りなので、一旦休止にしようと思います。
今まで、ご声援、数々のコメントありがとうございました。

で、下記は、マカオの友人に教えてもらった漢詩で、
現在、僕のよりどころとするものです。

人生において、試練とき、幸福なとき、様々な時がありますが、
下記は、運命論の1つとして有名な詩です。

残念ながら日本語訳が無いので、原文+僕の訳をのせておきます。
僕の訳なので、正しいか、保証の限りではありませんが、いい詩なのでご紹介まで。

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破窯賦 (宋朝宰相 -- 呂蒙正(946年-1011年))

天有不測風雲,人有旦夕禍福; 
災いは意外な時にやってくるもので、人生の禍福は予測しがたい

蜈蚣百足行不及蛇,家翼大飛不如鳥。
ムカデは100本の足があっても蛇には及ばず、
鶏は大きな翼があっても鳥のようには飛べない。


馬有千里之程,無人不能自往;人有凌雲之志,非運不能騰達。
千里の道を走れる馬があっても、人がいなければ行くことは出来ず、
人に凌雲の志があっても、運が無ければ達成することはできない。


文章蓋世,孔子尚困於陳邦;武略超群,太公垂釣於渭水。
文章は世に抜きん出ていても、孔明は陳邦に於いて困難に出くわし、
武略は抜きん出ていても、太公望は、渭水でつりをしていた。


盜跖年長,不是善良之輩;顏回命短,實非凶惡之徒。
長生きするのは、大泥棒で、善良の民ではなく、
顏回(孔子の弟子)の命は短く、凶悪の徒はその限りにあらず。


堯舜至聖。 卻生不肖之子;瞽叟頑呆,反生大聖之兒。
堯舜は、聖人であるが、不肖の子を生み、
瞽叟(舜の実父)は、頑で愚かであったが、大聖の子を生んだ。


張良原是布衣,蕭何稱謂縣吏;
張良(劉邦 家臣三傑の1人)は、衣服一枚からスタートしたが、
蕭何(劉邦 家臣三傑の1人)は、県の役人としてスタートした。


晏子身無五尺封為齊國首相,
晏子の身の丈は、五尺もなかったが、齊國の首相になり、
孔明居臥草廬能作蜀漢軍師。
孔明は、貧しい廬に臥していたが、蜀漢の軍師になった。
韓信無縛之力,封為漢朝大將;
韓信(劉邦 家臣三傑の1人)は、商売も出来なかったが、漢朝大將に封じられた。

馮唐有安邦之志,到老半官無封。
馮唐は、国をよく治める志があったが、老いても半官に封じられることも無かった。
李廣有射虎之威,終身不第;
李廣(漢の国の武人、人徳者)は、トラの威勢も射抜く力があったが、
一生うだつがあがらなかった。


楚王雖雄難免烏江自刎,
楚王(項羽)は、強かったが、烏江で自刎するはめとなり、
漢王雖弱卻有河山萬里。
漢王(劉邦)は、弱かったが、山河、万里を有することが出来た。

滿腹經綸,白髮不第;
政治的才能が豊かでも白髪になるまで(科挙)に合格することができない人もいれば、
才疏學淺,少年登科。
学が浅く才能が無くても、若くして科挙の試験に合格する人もいる。

有先富而後貧,有先貧而後富。
先に富があれば、後に貧しさがあり、先に貧しさがあれば、後に富がある。

蛟龍未遇,潛身於魚蝦之間;
蛟竜(自らの力を発揮できずにいる有力者を言い表す語)も、
チャンスにめぐり合わなければ、魚の中で身を潜めるしかなく

君子失時,拱手於小人之下。
優秀な者も、活躍する時を逸すれば、
つまらない者の下で人生を傍観することとなる。


天不得時,日月無光;
天は、時を得なければ、月や太陽は光を出すことも出来ず、
地不得時,草木不長;
地は時を得なければ、草木は生長することも出来ない。
水不得時,風浪不平;
水は時を得なければ、波浪はやむことは無く、
人不得時,利運不通。
人は時を得なければ、利運は役に立たない。

昔時也,余在洛陽。 日投僧院,夜宿寒窯,布衣不能遮其體,淡粥不能充其飢;
昔、私がまだ洛陽にいた頃、日が沈めば僧院に行き、夜は寒い竃で宿をかり、
衣は、体を覆いつくすことも無く、うすい粥はその飢えも満たせない頃、


上人憎,下人厭,皆言余之賤也!
上の人からは憎まれ、下の人からも嫌がられ、
皆私の事を、賤しいと言った。

余曰:非吾賤也,乃時也運也命也。
私に言わせれば、私が賤しいわけではなく、
そういう時であり、運命であり、宿命なのだと。


余及第登科,官至極品,位列三公,有撻百僚之杖,有斬鄙吝之劍,
私が科挙の試験に合格し、官位を極め、三公(最高の位)に列せられ、
百僚の杖を打ち、鄙吝の劍をたち、

出則壯士執鞭,入則佳人捧秧,
壯士とともに鞭をとって出てきて、美人を従えて入り
思衣則有綾羅錦緞、思食則有山珍海味,
着ている衣服は、すばらしく、食事は山海の珍味を味わうようになると、

上人寵,下人擁,人皆仰慕,言余之貴也!
上の人からは寵愛され、下の人からも主人としていただかれ、
皆私のことを、高貴と言った。

余曰:非吾貴也,乃時也運也命也。
私に言わせれば、私が高貴なわけではなく、
そういう時であり、運命であり、宿命なのだと。


蓋人生在世,富貴不可捧,貧賤不可欺,
この世にある人生は、富貴であり続けることは不可能であり、
貧しく賤しい時をあざむくともできない、


此乃天地循環,周而復始者也。
これは、天地循環であり、周っている
すなわち、元に戻り、また始まるものである。

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感謝!